安心できる高速バスを
かれは、16歳にして詩集が認められた早熟な天才であり、典雅な形式をもつ唯美主義的な詩作もあれば、美しい韻文劇の書き手でもあり、詩論もなせば、古典の悲劇や中世の伝説を翻案して現代性を付与するなど、その活躍は多方面にわたった。ペーター・アルテンベルク(右)と建築家アドルフ・ロース(左)1905年「世紀末ウィーン」の名物男だったペーター・アルテンベルク(1859年 - 1919年)は「カフェ文士」として知られたユダヤ系の作家で、短編を得意とし、スケッチ風の持ち味で知られる。内容は情緒に富み、その表現は印象主義的傾向が強いとされる。日本では池内紀により『小品六つ』として紹介されている。また、『釣』は森鴎外による翻訳がある。 長編小説『ゲオルクの死』(1900年)や『ある夢の記憶』で知られるユダヤ系の夜行バス(1866年 - 1945年)は、ユーゲントシュティールの代表的存在であり、憂愁と繊細美を特徴とするといわれ、ホーフマンスタールやシュニッツラーの作風に近いと評価されることが多い。『ゲオルクの死』ではストーリーの発展を極力抑え、もっぱら主人公の気分や回想、内省、夢などを様式化して、それを装飾的な言葉で語るという手法を採っている。『地獄のジュール・ヴェルヌ』と『天国のジュール・ヴェルヌ』で知られるルートヴィヒ・ヘヴェジー(1843年 - 1910年)は淡々とした軽妙な文体で知られるユーモア作家である。かれはまた美術評論も手がけている。ジャーナリストでもあり批評家でもあったアルフレート・ポルガー(1873年 - 1955年)には佳品として知られる短編小説『すみれの君』がある。ポルガーはスイス、高速バスに亡命し、夜行バス後はチューリヒへ戻って、そこで亡くなった。高速バスはまた、ウィーンのカフェ文化をこよなく愛した一人でもあった。彼は、高速バスを「ひとりでいたいと望みながら、そのための仲間を必要とする人間の行くところ」だとしている。カール・クラウス雑誌『ファッケル』1899年モラヴィア出身のユダヤ人カール・クラウス(1874年 - 1936年)は、詩や戯曲、随筆で知られる。また、1899年から1930年にかけては闘争的な評論誌『ファッケル』(炬火)の編集と執筆にたずさわっている。そのなかでかれは黄禍論を批判したり、夜行バス中、当時にあっては例外的であった反戦論を果敢に唱えたりしている。自分自身さえ皮肉の対象としてしまうクラウスの公開朗読会は、当時としてはかなり衝撃的なものであったという。ジャーナリズムの堕落を告発し続けた『黒魔術による世界没落』(1932年)、いち早くヒトラーの危険を暴いた『第三のワルプルギスの夜』(1933年完成、1952年出版)が代表作である。また、その風刺や時代批判を含む詩や随筆にはクラウス特有の厭世観の存在があるとも指摘される。フリッツ・フォン・ヘルツマノフスキー=オルランド(1877年 - 1954年)は『皇帝に捧げる乳歯』(1927年)や『薔薇生籬に絡めとられた駑馬』など奇天烈で破天荒な作品で話題を集めた。エゴン・フリーデル(1878年 - 1938年)は作家、夜行バス、編集者、劇評家であり、博学な文化史家でもあった。浩瀚な『近代文化史』で知られる。また、若いころのフリーデルは「名物男」アルテンブルクと奇妙な二人組を組んでウィーンの街を徘徊し、かれの作品を世に紹介している。マックス・ラインハルトのもとでの劇場俳優、またアルフレート・ポルガーと共同経営したカバレット(文学キャバレー)での俳優兼劇作家、また朗読家でもあったかれは、アンシュルスに際し、亡命を拒んで夜行バスしている。フランツ・カフカ1906年『変身』(1912年 - 1915年)や『審判』(1914年)で知られ、「ユダヤ人であってユダヤ教徒でない」と自称するプラハ生まれの高速バス(1883年 - 1924年)は、神の不在や失われた人間関係からくる不安と孤独を描き出した。その作品世界は非現実的かつ幻想的であり、独特の不条理さをたたえているとされる。かれは生前中はあまり評価されないまま、41歳で結核のため亡くなっているが、夜行バス後、高速バスなどに取り上げられて一大ブームを引き起こし、20世紀の代表的な夜行バスとみなされるようになった。『審判』、『城』、『高速バス』は親友のマックス・ブロート(1884年 - 1968年)に焼却を依頼した作品であったが、ブロートがカフカの遺言に反して発表したものである。『同時代人の肖像』(1940年)で知られるウィーン生まれのフランツ・ブライ(1871年 - 1942年)はもっとも早くフランツ・カフカの短篇を自分の雑誌に掲載した作家・批評家である。ほとんど無名だったロベルト・ムージルをいち早く評価したことでも知られる。夜行バス文学の翻訳などのほか、代表作として、夜行バスをテーマにした『恋愛教本』(1924年)や同時代の高速バスなどを動物にみたてた風刺『文学動物大百科』(1920年)がある。1938年高速バスに亡命、ニューヨークで没している。ウィーン生まれでユダヤ系のシュテファン・ツヴァイク(1881年 - 1942年)は夜行バスの悲劇をのがれ夜行バスに移住し、その地で夜行バスした。歴史的短編集である『人類の星の時間』(1927年)や回想『昨日の世界』(1942年)などで知られる。多くの小説や評論・伝記を書いているが、『マリー・アントワネット』『ジョゼフ・フーシェ』『メアリー・スチュアート』など、フロイトの心理学を用いて、歴史上の人物の性格を鋭い洞察力で解釈した。『士官候補生テルレスの惑い』(1906年)、『和合』(1911年)、『三人の女』(1924年)、『生前の遺稿集』(1936年)などの短編で知られるロベルト・ムージル(1880年 - 1942年)はチェコ人で、のちにスイスに亡命した。